大腸がんの「多段階発がん」で説明されるように、がんは細胞内の遺伝子変異の蓄積により発生し転移・再発へと進行することが知られています。最近の大規模なシークエンス解析によっても発がんと悪性化に関わる遺伝子変異の全貌が解明されつつあります。しかし一方で、がんの発生や成長過程では、生体反応による微小環境形成がとても重要なこともわかって来ました。微小環境では細胞を支持する足場が提供され、増殖因子や栄養が供給され、またがん幹細胞の未分化性が維持されていると考えられています。このような微小環境は、実は組織傷害に対する炎症反応や修復反応と類似しているため、”Cancers are wounds that do not heal.”とも言われます。
私達の研究室では、がんの発生や進展における炎症性微小環境の役割に着目し、その役割を明らかにすることで、がんの治療や再発の予防戦略に結びつけることを目的として研究を進めています。生体反応による微小環境を研究するためには、ヒトのがんと同様の微小環境を形成する腫瘍モデルを使うことが理想的です。研究室で開発したGanマウスはヒトの胃がん発生過程を再現したモデルであり、発がんに関わる生体反応、とくに炎症反応の研究に力を発揮しています。私達は、現在、さらに悪性化浸潤や再発を自然発生するモデルの作製を試みています。これらの研究を通して、将来的にはがんの悪性化進展における微小環境の役割についての研究を展開したいと考えています。
現在の研究テーマとして、発がんや悪性化における微小環境の役割の研究を中心に、炎症依存的な発がん促進因子の探索、がん幹細胞維持因子の研究、そして微小環境で発現変化するmicroRNAの解析などを、マウスモデルを用いた手法により研究しています。私自身は獣医学部で病理学を学びましたが、研究室では医学、薬学、自然科学と異なる分野を背景にした若き学生、大学院生、研究者が集まり、それぞれのテーマに取り組んで研究を進めています。Samuel Ullmanの”Youth”という詩にあるように、若さとは心のあり方であり、強い意志、優れた創造力、そして激しい情熱が必要で、それには勇気と冒険への希求が大事です。小さな研究室ですが、若さを失わずに新しい発見を期待しながら好奇心を持ち続けて、がんの本態解明に少しでも貢献したいと考えています。
腫瘍遺伝学研究分野 教授
大島 正伸